兄さん観察記


 アレグライド第七アカデミーの四階を丸々占拠している巨大な図書室。
その入って左手の窓際で、俺は片手に冷めた缶コーヒーを持ち、もう片方の手で頬杖をつきながら、二つ隣の席に座っている男の姿を観察していた。

 何故そんなことをしているのか。簡単な話だ。先程、俺は一冊の本を読み終わった。そして現在の時刻は昼休みの三分前。新たな本を開くには短すぎるが、かといって兄さんの読書を中断させまでして休憩に入るのは躊躇われたので、こうして兄さんを眺めて時間を潰す事にしたのだ。
 何故、兄さんの二つ隣の席に座っているかって?兄さんの隣の席は、左右共に散乱した本で埋め尽くされているからだ。

 兄さんの右手と青い瞳は凄いスピードで動いているが、それ以外の部位はほぼ動いていないと言っていい。呼吸をしている以上僅かながら肩や胸は動いているが、その微かな動きすらも目に止まってしまうほどに、他の部位は微動だにしていなかった。見ているだけで肩が凝りそうだ。
「兄さん」
声をかけても返事はない。

 兄さんが何かに集中するといつもこうだ。周りで何が起こっていようと、全く気に留めない。
いや、『気に留めない』という言い方は語弊があるかもしれない。『気づいていない』と言った方が正しいだろう。少なくとも、この図書室にいる間はこれが当たり前のことだった。ひとたび本を開くと、まとめて持ってきた何冊もの本を全て読み終わるまでこの集中力が切れることはない。この常人離れした集中力こそが、兄さんを『天才科学者』に仕立て上げたのかもしれない。
 しかしその集中力がマイナスに働くこともある。過去に、作業に没頭するがあまり飲まず食わずで研究室に引き籠り、一週間近く経った頃に死にかけで発見されたという出来事があった。以来兄さんが研究室に籠る時は、俺かグレンダがちょくちょく様子を見に行くようにしている。
 普通の人間ならば命の危険を無視するほど何かに没頭するということはそうそう無いだろう。だが兄さんは普通の人間とは言い難い節が強い。バルクさんはその事を、『リミッターがぶっ壊れてる』と形容したことがあった。兄さんは、風邪を引こうが疲労が限界に達しようが倒れるまで気づかないし、眠気がないと言った直後に糸が切れたかのように眠ったりもする。実際のところ、バルクさんの言ったその表現は的を射ていると思う。

 だから俺は壊れたリミッターの代わりに、兄さんが無理をしないように注意を払うようにしている。
もっとも、そのリミッターの役目はグレンダが引き受けている節が強いのだが。あいつは鈍い癖に、俺以上に兄さんの僅かな異変によく気が付く。付き合いの長さでいったら俺の方が上なんだが……全くもって面白くない。

 俺は左手に持った缶コーヒーに口をつけた。
今朝、寒いからと兄さんが買ったものだったが、三、四口飲んだだけで、乱雑に置かれた本に混ざっておざなりに放置されていた。故に俺が勝手に飲んでいる。苦い。
 男にしては長い睫毛が一定のリズムで上下する。こうして横から眺めてみると、男か女かよく分からない。弟の俺が言うのも何だが、『美しい』という簡単な言葉で表す勿体無いほどに綺麗な横顔だった。そのすべらかな肌も、さらさらの髪も、まるで現実から切り離された作り物であるかのような完璧さを醸し出している。
「兄さん」
返事は無い。兄さんは機械のように、淡々とページを捲っている。
「大好き」

 昼休みを告げる鐘が鳴った。決して小さいとは言い難い音だが、やはり兄さんは微動だにしない。
読み終わった本を片付けゆっくりと身支度を整えていると、背後から感じ慣れた気配が近づいてきた。
「おい、お前ら。飯だ!」
授業が終わったグレンダが迎えにきた。
鐘の音程度では現実に戻ってこない兄さんが昼飯を食べ損ねないようにとの配慮なのか、俺がまだアカデミーに入学するより以前から、グレンダは昼になるといつもここに来ているらしい。
 ちなみに、兄さんが授業に出るのは定期テストの日のみだ。それ以外の日は大抵、ここか研究室に入り浸っている。もとより、それを目的に入学したらしい。俺はというと、兄さんほどではないが殆ど授業には出ていない。大抵の授業は聞いていても退屈なだけなので、ここでこうして、兄さんの二つ隣の席で本を読んでいるのが常だ。

「兄さん、飯。行くぞ」
俺は兄さんの肩を揺さぶりながら、少し大きめの声でそう言った。
「……え?ああ、昼?」
「そうだ」
「ん、分かった。行こうか」
兄さんは本のページ数をちらりと見ると、開いたまま机の上に置いた。どうやら午後もここで続きを読む気らしい。

「今日は何処で食う?」
グレンダが兄さんの足元にあったサブバッグを拾い上げる。中には俺たち三人の、今日の昼飯が入っている。
勿論、兄さんお手製の弁当だ。
「屋上なんかいいんじゃないかな。今日は満月だしね」






本編では二人が一緒に居る機会が少ないので、ブラコンな二人が書きたいと思い短編を書くに至りました。
相変わらず、深夜のテンションで物を考えると失笑物に仕上がる件(苦笑
これを腐というのかただのブラコンというのか微妙なところではありますが、一応本館から隔離されてるし、健全主義のサイトだけどまぁ置いても……いいよね?(聞くな

2011/6