Children of the Wind world






ばたばたと喧しい足音が、扉の外から聞こえた。
子供達の笑い声と共に、軽やかに鳴ったドアベル。
黒い墨で「Over the limit」と書かれている小さな木の看板を表にし、店主ディアルバルクは子供達を室内へと追いやった。
「俺らはこれから仕事だ、お前らは上行ってろ」
へーいと気の抜けた返事をするのは彼の息子のグレンダ。グレンダは一人年の離れたセルノの手を引き、階段を上って行った。その後ろに、年不相応の落ち着きを持った少年、ノストが続く。

頭の後ろで手を組んで便利屋のソファに寝ていたグラードは、顔の上に乗せていた帽子を頭にずらしながら、ゆっくりと起き上った。
「……バルク、あのチビ」
「どのチビだ」
バルクが意地悪げにそう言うと、グラードは機嫌悪そうに付け加えた。
「青い髪のガキだ。お前、あいつにも剣を教えてんのか?」
「まあな」
「剣はやめて銃一本にさせろ。銃の方が才能がある」
バルクはにやにやとした笑みを顔に浮かべ、からかうような口調で言った。
「珍しいな、お前が他人――それも子供のことを気にするのは。あのガキが気に入ったか?」
「馬鹿言え。逸材を枯らすのが勿体無いだけだ」
違いねぇな、と相槌を返し、バルクはグラードの正面のソファーに腰掛けた。
「俺が気付いてないわけねぇだろ。でもこれは、ノストからの頼みでな」
「ノストの?」
「そうだ。……そういや、まだあいつらの素性を話してなかったな」
「確かに聞いてないな」
興味の無いことに深入りはしないグラードにとって、彼らの素性などどうでもよかった。
だから彼らが突然ここに流れ着いてから一年以上経った今でも、彼らが何者なのかを知らなかったのだ。

「兄貴の方は異世界の騎士だ。弟は魔術師だったらしい」
グラードはハッと皮肉気に笑い、冷蔵庫を開けた。中にあったウイスキーを取り出し、ついでにサラミとチーズも取り出す。
「騎士と魔法使いか。で、可愛い姫さん守るために怪物に挑んで死にかけたのか?」
「逆だな。怪物が襲ってきたから命からがら逃げて来たんだとよ。両親も使用人も、その怪物に殺されちまったらしい」
「だったら余計に銃一本の方がいいんじゃないのか。怪物を倒すなら、力はあるにこしたことはない」
「残念ながらあっちの世界には銃が殆ど無いらしい。銃は弾が要るからな、あっちの世界にいる限り、銃は有限にしか使えない」
「成る程、それで剣か。だがせめて別の武器にしたらどうだ?少なくとも、あのチビが大剣なんざ使いこなせるわけないだろ」
「そういうわけにもいかねぇんだ。何でも、セルノにはヴェント・アギノって大剣を持たせるつもりでいるんだとよ」
「あっちの剣の名前か?」
「いや、こっちにもあるらしい。今紅蓮さんが探してるっつってた」

グラードはソファーに腰掛け酒瓶をテーブルに置いた。グラスを用意してバルクにも勧めるなどという気の利いたことはせず、栓を抜くなり直に飲み始めた。
「ガキの癖に色々面倒だな」
「兄貴に比べりゃマシだ。セルノはその辺のこと、なんも知りゃしねぇ」
「教えて無いのか。あいつも馬鹿じゃない、大体は理解出来ると思うがな」
グラードがウイスキーを煽りながらそう呟くと、バルクは少し難しい顔をした。
「セルノはあっちのことを殆ど忘れちまってる。いい記憶じゃねぇから、このまま全部忘れさせちまうことにしたんだ」
するとグラードは顔をしかめて瓶を置いた。
「ヴェント・アギノ持たせて帰らすんだろ?何も知らないまま戦わすってのか」
「あいつがまともに戦えるようになるまでざっと十年以上は掛かる。その間は知らなくてもいい」
バルクは体をソファーの背に預け、遠い目をして天井を見上げた。
「……ま、セルノが動かなきゃなんねぇのはほんの少しだ。あとはノストと紅蓮さんがやるっつってるし、もしかしたらいつまでも教えないかも分からん」
「随分適当だな」
「そう聞こえるか?これでもあのガキどもが幸せになれる最善の道を選んだつもりなんだがな」
バルクはテーブルの上のサラミをかじった。そしてグラードの手からボトルをひったくり、その辺りにあったグラスに注ぐ。

「お前だったら、どうする?」
グラードは不機嫌そうに顔をしかめたが、質問には答えた。
「全てを教える」
「親が殺されてるとこも見てんだぜ?ノストみたいに可笑しくなっちまうかもしれねぇ」
「だからどうした。全てを知った上で、自分のやりたいようにやらせればいい」
「相変わらずえげつねぇな」
「知るか」
テーブルに置かれたボトルを再び手にし、豪快に煽る。
「少なくとも兄貴の方はそうしてるんだ、何とかなんだろ。何も知らずに兄貴の言いなりに動くのが本当に正しいとは、俺には思えん」
「……ノストのあの惨状を見た上でそう言えるのが、俺には不思議だ」
「考えてもみろ。化け物と闘うから十年かけて準備しろっつわれるのと、十年間何も知らずに明日化け物と闘って来いって言われるのと、どっちの方が幸せだ?」
「後者だ。少なくとも十年は普通に暮らせる」
「そうか。俺だったら前者だ。勝率が高い分、未来がある。なんなら、十年後に死んでも悔いの無いように備えることも出来る」

「賭け好きのお前らしい回答だ」
バルクはフッと笑ってそう言った。
神妙な面持ちになりながらも、テーブルのチーズを口にする。
「……難しいもんだな」
「答えの無い問題っていうのはそういうもんだ」
開けたばかりのウイスキーは、既に三分の一程減っている。
それでも酔う様子を見せずに、グラードは瓶を揺らしながらバルクを見た。
「まあ、お前がどうしようと俺が口を出す気はないがな。俺はお前に言われたとおり、あのガキに銃を教えるだけだ」
「剣を持っても、あいつのやる気次第では銃を極める事も出来る。しっかり扱いてやってくれ」
「気が向いたらな」
他の人が聞いたら顔をしかめそうな回答でも、バルクは満足したらしい。
経験から、しっかりと教えるということが分かっているからだ。
「おい、仕事みたいだぜ」
グラードがそう口にした瞬間、カランと、店のドアベルが鳴った。










しっかりと教える≒放置プレイ。それがグラード流w
軽口叩いてますが、一応バルクの言うことは信じてます。
ちなみに時系列的にハックはまだいません。




2012/10