Stripling



真っ暗闇に浮かび上がる、レイズ・ヘルと描かれたネオン。
かすかに開いた扉からは、暖かい色の光と品のない笑い声が漏れる。

店内ではごろつきさながらの風貌の男たちが、
ジョッキを傾け、トランプをばらまき、紙幣やコインを散らし、肉を食らっている。
そんな一般人お断りの荒れた空気に馴染まぬ男が一人、カウンター席で安い酒を傾けていた。

背丈や体格は他の男たちより一回り小さく、
顔はまだ少年と言えるほどにあどけなかった。
それでも眼差しは戦う者のそれで、ある程度の戦闘経験があることが分かる。
重ねて、夜の町アレグライドでは珍しい浅黒く焼けた肌をしていた為、幾分人目を引く風貌であった。

そんな彼に興味を持って話し掛けた大人たちの噂によると、
彼はここアレグライドから遠く離れた地、ディゼートから来た傭兵だという。

子供ながらなかなかの腕で、中でも狙撃の技術はプロの狙撃手と肩を並べるに値するほどだそうだ。
命を奪うことにも怖じ気付く事はなく、暗殺の依頼も的確にこなす。
ここに来てまだ長い日にちは経っていないが、彼の腕を見込んで仕事を依頼する者も多いと聞く。
そして今日も一人、彼に興味を持って声をかけた大男がいた。

「よう、景気はどうだ」
「悪くはない。仕事の依頼か?」
男が声を掛けると、少年は振り向きもせずに、素っ気なくそう答えた。
「まぁな」

大男が少年の隣に腰掛け、ビールを注文する。
体格こそ大きいが、やっと子供を抜け出した程度の若い男だった。
隣の少年とは五歳も離れていないくらいだろう。
二メートルにも届きそうな身長と屈強な筋肉を持つが故か、年に似合わず迫力がある。
だがその男に怯むこともなく、少年は淡々とグラスを傾けている。

「狙撃手を探してる。突っ走るバイクを止めて欲しいんだ」
「バイク?そんなの、地雷でも仕掛けてぶっ飛ばした方が楽だろ」
「……ああ、名乗ってなかったな。俺はオーバー・ザ・リミットのバルクだ。
アレグライドの下町にいるなら、余程の新入りじゃなけりゃこれで理由はわかんだろ?」
「そうだな、変わり者で有名だ。人を殺さずアレグライドを平和にとかほざいてるお花畑がいるってな」
「親父だって最初の頃は馬鹿にされて、それでも普民区への全員移住をやってのけたんだぜ?
俺だってやってやる、出来ない道理はねぇ!」

バルクの父ギルベルト・サージロードは、警察も軍も来はしない、犯罪者やテロリストの
最高の隠れ家となり果てたアレグライドの貧民区の、住人全員を普民区へと移住させた英雄だった。
飢餓に苦しみ、殺人に怯え、毎日死に恐怖に怯えて暮らしていた民に安全を与えた彼は、
近代の歴史書に名を載せる程の有名人だ。
そしてここにいる赤毛の大男はそのギルベルトの実の息子で、
偉大な父のように大きな夢を持っている。

「あんたの理想はどうでもいい。
現実的に考えて、走ってるバイクを撃って止めろっつって言われて請ける奴がいるわけないだろ」
「お前なら請けるんじゃねぇかと思って遥々探しに来たんだけどな」
「請けるか。そんな面倒でしょっぱそうな依頼」

バルクは顔をしかめたが、グラードは気にした様子もなくグラスを揺らす。
「……お前、何でここで仕事してんだ?」
突然話題を変えられ、グラードは面倒そうにひらひらと手を振った。
「どうでもいいだろ」
「わざわざディゼートから出稼ぎに来るほど儲かる場所でもねぇだろ?
寧ろ、戦争中のあっちの方が仕事も報酬も多い筈だ。
お前の評判を聞く限り、危険だから逃げてきたって訳でも無さそうだしな」
「ディゼートで出来る仕事なんて決まってる。安い仕事しか回ってこないもんなんだ」
「そうなのか?……ああ、ガキだとそんなもんかもな」

子供扱いされグラードはむっとした表情をしたが、バルクは悪びれた風も見せずに人懐こい笑顔を見せた。
「お前、年はいくつだ?」
「……十八」
「へぇ、一つ下なのか。それにしちゃ小せぇな」
「るせぇ、あんたがでかすぎるんだよ」
バルクは笑いながら、グラードの頭をぐりぐりと撫でた。
グラードは大層不機嫌そうな態度でバルクの手を払い、小銭をカウンターに置いて立ち上がった。
「待てよ、悪かったって!美味い仕事があったら回してやるからまたここに来いよな」
「期待しないし待ちもしない」
グラードはそう口にして、さっさと店から出て行ってしまった。






バルクとグラードが初めて言葉を交わしてから二週間が経った。
そしてまた、偶然か必然か二人は同じ酒場で酒を煽っていた。

「……お前、何やったんだよ」
バルクは小声でそう話しかけたが、グラードは無言でチーズをかじっている。
「そらこういう仕事じゃ理不尽な依頼の一つや二つあるもんだ。それにしたって今のお前……」
「るせぇ。黙れ」

虫の居所が悪いというより、焦っているような機嫌の悪さだった。
目は据わっているが、苛立ちが含まれた短い言葉には怒りより不安が強く出ている。

「……俺なりの推測だ。昨晩、セントラルホスピタルが爆発したらしいな。
上層部の倉庫が爆発して、崩れた天井が一つ下のレベル5の患者の入院施設に降ったって聞いた」
「黙れ」
「部屋ごとぺっちゃんこだったらしいな?死者5人、重症15人っつったか」
「黙れっつってんだろ!」

グラードが声を荒げて机を力任せに叩くと、周りの客が一斉に振り向いた。
一瞬静寂が訪れたが、すぐにいつもの活気ある雰囲気が戻る。

「……お前がやったんだな」
バルクが声を潜めてそう言うと、グラードは机にうっつぷした。
「ハメられたんだよ。研究所の機密情報の抹消とかで、部屋に火種をぶち込むように言われた。何が研究所だ!何が機密情報だ!一から十までデタラメじゃないか!」
「落ち着け。確かめなかったお前も悪い」
「ああ?」
「お前が異国の人間なのは見りゃ分かる。
あそこがセントラルホスピタルだと知らないから、この依頼を振られたんだろ。
少し調べりゃ、防げた事故だ」
「だから何だってんだよ。過ぎたことにネチネチ説教するために来たんならとっとと失せろ」
「寧ろ助けに来たんだけどな俺は。いいのか?お前のご要望通り帰ってやってもいいんだぜ?」
「…………」

グラードは黙ってバルクを睨みつけた。
一応は話を聞く気があるらしい。
この時初めて、二人は目を合わせた。
普段の無愛想な表情とは違う、力ある瞳。
焦げ茶色だと思っていたグラードの瞳は、店の灯りを受けて琥珀色に光っていた。
全てを射抜いてしまいそうな眼光にバルクは目を奪われたが、直ぐにその驚きの表情を戻す。

「元々暗殺とかやってたんだ、お前は黒寄りのグレーの立場にあった。
が、今回の犯人がお前と分かれば完全な黒になる。
そうすると一般市民を巻き込むような、どす黒い依頼がわんさか入ってくるって訳だ。
グレーのままでいたくとも、今回みたいに騙されちまえばお前の手はどんどん汚れていく。
もう表には出られないくらいにな」
「……単刀直入に言え」
「黒以外の依頼だけを受けることが出来る場所がある。うちの便利屋だ」
「…………」
「うちは稼ぎ手が増えて、お前はテロリストにならずに済む。いい条件だろ?」
「……稼ぎは店に寄付とか抜かさないよな」
「安心しろ、武器が自前なら全額くれてやる。まぁ、俺ら二人で受けたら折半だけどな」
「…………」
「ついでに、罪滅ぼしに丁度いい仕事がある。お前が殺した患者の娘からの依頼だ」











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