Waltz off with winning


 街灯の少ない夜道。コンクリートで舗装された道は、鳥の鳴き声一つ聞こえず静かだった。
二、三本隣の道に出れば、暖色の街灯と店の煌びやかなイルミネーション、そして車のライトやビルの窓から漏れる光で明るく照らされているし、人気もそれなりに多い。だがここは、所謂裏通りだ。通り掛かる人間の大半は何かしらの武器を身につけているような、物騒な通り。そんな場所では、暗く、静かなこの場景が当然のことだった。
 薄闇に包まれた曲がり角で、ふと人の足音が聞こえた。角を曲がると、つばの広い、黒い帽子を被った長身の男の背中が目に止まる。
「グラードさん」
男が振り返った。帽子とダークブラウンの前髪の影から、髪と同じ色の瞳が片方覗く。
「ノストか。何処行くんだ?」
「酒場です」
隣に駆け寄ると、グラードさんはふっと笑った。
「十のガキが行くような場所じゃない」
「承知の上です。けれど、遺跡の情報はあそこが一番よく集まります」
周囲に遺跡の多いここアレグライドは、トレジャーハンターの聖地として有名だ。そんなトレジャーハンターたちの情報交換の場として最もよく活用されているのが、俺が今向かっているレイズ・ヘルという酒場だ。
「まぁ、お前ほどのタマなら問題ねぇか。何度か顔出してるんだろ?」
「はい。今回で五度目です。グラードさんも、酒場に?」
「そうだ」
 グラードさんはよく酒場から仕事を拾ってくる。俺を拾ってくれたサージロード夫妻とグラードさんの三人で営んでいる便利屋に直接依頼が入ってくることも多いが、それだけでは仕事の量は足りない。情報屋から仕事を回してもらったり、グラードさんのように自ら依頼を探しに行くことは、便利屋の存続に欠かせないことだそうだ。



 グラードさんに並んで薄暗い通りを歩いていると、やがてカラフルに光るネオンが見えてきた。レイズ・ヘルと描かれたそれは、派手だが薄汚れており、まるで店内の様子をそのまま表しているかのようだった。グラードさんが無造作にドアを開けると、店内に居た全員がこちらを振り向いた。一瞬の沈黙の後、豪快な笑い声や溜め息が一斉に響く。
「……何だ?」
グラードさんが顔をしかめると、店主は俺達を手招きして、一つのテーブルの前に呼んだ。
「最っ高に運がねーな、おめぇさん」
店の主であるスキンヘッドのおじさんは、椅子に座る青年の肩をばしばしと叩いた。
二十代半ばくらいだろうか。不精鬚を生やし、癖のある金髪を後ろで結った眼鏡の青年は、口を強く結び、真っ直ぐにグラードさんを見上げている。
「何だってんだ」
グラードさんがやや呆れた顔をして首をかしげると、店のおじさんはカウンターからトランプを出してきた。
「こいつ、最近ここらで情報屋を始めたんだとよ。新人はツケが利かねぇってのに、はした金しか持たねぇで飲み食いしやがったんだ。このままだと一週間、ここでタダ働きは避けられねぇ。店の決まりだからな」
「それと俺に何の関係がある?」
店のおじさんは腕を組み、ガハハと笑った。
「俺も悪魔じゃねぇからな。チャンスを与えてやったんだ。次に店に入ってきた奴と勝負して、勝ったらチャラにしてやるってな」
おじさんがトランプのケースを振ると、グラードさんは帽子のつばを下げて溜め息をついた。
「面倒だ。コインでいいだろ?」
コイントスで決着をつけようというつもりらしい。グラードさんがポケットからコインを取り出そうとすると、店のおじさんがそれを静止した。
「いいじゃねぇか。あんたが勝ったら、三杯までタダにしてやってもいいぜ?」
「……乗った」
グラードさんが帽子を取って俺に手渡し、金髪の青年の正面に腰掛けた。


 店内の客がぞろぞろと集まってきて、テーブルを取り囲む。
「勝負の方法はおめぇさんに任せるぜ。何がいい?」
店のおじさんが眼鏡の青年を見ると、青年は少し考えた後、こう答えた。
「じゃあ……ポーカーで」
「OK。チップは無しでいいな。三回やって一番強い役を出した方が勝ちで、ドローは一回ずつだ。どうだ?」
「うん、それでいいよ」
グラードさんは短い会話を交わして、店のおじさんに目で合図をした。客が見守る中、店のおじさんがカードを配り始める。
「ワイルドカードは抜いたぞ。天はどっちに味方すっかね」
グラードさんは配られたカードをまとめて拾い上げ、数秒程考えた後二枚のカードを手放した。残ったカードはクラブの二、スペードの三、そしてハートの四だ。新たな二枚のカードがテーブルを滑ってやってくる。捲ったそれは、スペードの一とダイヤの十だった。
「ブタだ」
グラードさんが手札を表にしてテーブルの上に広げた。
それを見た眼鏡の青年は、にやっと笑って手札を広げた。
「フルハウス!」

観衆がざわざわと声を上げた。ジョーカー抜きでフルハウスより強い役は、確かフォーカードとストレートフラッシュ、そしてロイヤルストレートフラッシュの三役だけのはずだ。この三つのどれかを出さない限り、グラードさんに勝ち目は無い。確率でいえば、約三千九百分の一程度となる。
「ほう……」
グラードさんが口の端を上げ、静かに笑った。
「面白くなって来たじゃないか。次だ」

新たに配られたカードを吟味し、ハートのジャック、ハートのキングの二枚を残して他のカードをドローする。
「ワンペア」
グラードさんが投げやりに手札を置く。加わったカードはスペードのジャックとクラブの八、そしてハートのエースだ。
「僕もワンペア」
手札を曝け出した眼鏡の青年は、早くも勝利の笑みを浮かべている。
「やった……!グラードさん……だよね?ありがとう!」
「おいおい、まだ一戦残ってるぜ。配りな」
グラードさんに促され、店のおじさんがカードを配る。配られたカードに目を通したグラードさんは、手札をまとめて店のおじさんに突き出した。
「全部ドローだ」

観衆からざわめきの声が上がり、眼鏡の青年はガッツポーズを取る。
人々が固唾を呑んで見守る中、青年は手札を広げた。
「スリーカード。僕の勝ちだね、オジサン!」

「ロイヤルストレートフラッシュ」

俺は自分の目を疑った。事の次第を見守っていた客たちも、唖然と口を開けている。
並べられたカードはクラブのエース、キング、クイーン、ジャック、そして十。紛れもなくロイヤルストレートフラッシュの役だった。
一番驚いたのは眼鏡の青年だったようで、瞼を何度も上下させ、眼鏡を取って目を擦ったりしている。
「ったく、大人気ねーぜ、グラード」
客の一人がにやにやと笑いながらそう言うと、グラードさんは席を立った。
「手を抜いたら、賭け事のカミサマに嫌われて二度と勝てなくなっちまう」
グラードさんは俺の手から帽子を取って被り直し、眼鏡の青年に向きなおった。

「で、いくらだ」
「は……?」
青年は間抜けな声を上げた。
「いくら食ったんだ?」
「ああ、えーと……三千だけど……」
グラードさんはポケットから三枚の紙幣を出し、無造作にテーブルに乗せた。
「奢りだ」
「はえ……?え、いいの?あ、ありがとう、グラードさん!このご恩は一生忘れません!」
テーブルの上のお札を取り、青年は深々と頭を下げた。するとグラードさんは、意地悪げに口の端を上げた。
「言ったな」
「え?」
「情報屋だっつったな。俺は便利屋オーバーザリミットのグラードだ。仕事仕入れたら、まずうちの店に回せ。いいな?」
窮地を救われた立場である以上、断れる筈もない。青年は無言で何度も頷いた。
「期待してるぜ、新人。名前は?」
「ハッカルソーン・カフ・メンタウス……ああ、ハックでいいよ」
「ハックか。言っとくが、うちの店主は血の気が多いからな。シケた依頼ばっか持って来たら、仲介料は期待出来ないと思え」
ハックが再び頷く。それを確認した後、グラードさんはカウンター席へと向かった。
「ノスト、遺跡の情報集めたいんだろ?」
「あ、はい、そうでした」
俺はカウンターへ駆け寄り、グラードさんの隣の席に腰掛けた。

「……グラードさん、さっきのはイカサマですか?」
「何でそう思う?」
「最後の最後に全部ドローして最強の役が出るなんて、あまりにも出来過ぎてます」
「さぁ、どうだろうな」
口元に笑みを浮かべ、どっちつかずな回答をする。
「手札全部手放して、イカサマができると思うのかい、ボウズ」
俺の前にはミルク、そしてグラードさんの前にはウイスキーが出された。
「袖にカードを隠すとか……おじさんがグルとか」
「成る程、無難な回答だ。だが俺はなんも仕組んじゃいねぇぞ。それはマジだ」
店のおじさんが軽く両手を挙げて見せた。
「実のところ、俺もイカサマじゃねぇかって常々思ってんだよ。けど証拠が上がんなくてな。何度も見抜こうと挑戦したが、さっぱりわかりゃしねぇ。今だって、あれだけのギャラリーが居たってのに誰もイカサマに気付けなかったしな」
「イカサマしてること前提かよ」
グラードさんがウイスキーを一気に飲み干した。
「おい、オヤジ。こっちのガキが遺跡について聞きたいらしいぜ」
俺を出汁にしてはぐらかされたが、今はそれでも良かった。いつかグラードさんのイカサマを見抜くと心に誓って、俺はいくつかの遺跡について質問を始めた。



「レイズ。全額だ」

 近未来的な町並みには大概似合わぬレトロな部屋。電球色の照明に照らされた室内に転がる酒瓶や鉛玉等の代物は、ここが一般お断りの場所であることを窺わせている。
便利屋オーバーザリミット―
扉にはそう書かれた小さな看板が下げられている。

「全額?!うーん…………ブラフと見た!フラッシュ!」
眼鏡の青年もとい、眼鏡の中年がテーブルに手札を広げた。続いて、グラードさんが手札を置く。
「フォーカード。おら、金」
勝負に負けたハックさんは、渋々三枚のコインをグラードさんの手に乗せた。
「ノスト君、今の勝率は?」
尋ねられ、少し考えてこう答えた。
「ハックさん側から見ると、331戦52勝272敗7分です」
「あーもう、あり得ない!絶対イカサマだろ!ノスト君、さっさと見抜いてよ!」
「俺も是非そうしたいんですけど、全然分らなくて……」
グラードさんがハックとの戦いで奇跡的な勝利を納めてから十二年。グラードさんが勝負を始める度にありとあらゆる方向から観察しているが、今だに尻尾すらも掴めていなかった。
「天才科学者の名折れじゃないか」
ハックさんが頬を膨らませて俺にそう言う。
「科学じゃありませんから」
テーブルの上のカードを整えて、ケースにしまいながらそう答えた。
「だから言ってんだろ。俺は賭け事のカミサマに好かれてるんだ」
「何か本当にそんな気がしてきた……」
ハックさんが首を項垂れ、そう呟いた。




便利屋面子を賭けに弱い順に並べると、ハック<グレンダ<ノスト<セルノ<バルク<グラード<越えられない壁<アイナとなります。奥様最強伝説。
ノストは戦略性はぴか一だけど運が無い、ノストの頭に程々の運が加わったのがセルノ。
手を抜いたら賭け事の神様に嫌われる、というのは何かの作品で目にしたんだと思いますが、すっかり元ネタを忘れてしまいました。何だっけ。

本編未登場キャラばかりなのでざっくりとキャラ紹介。
グラード
ハック
酒場のおっちゃん





2011/10